ノベライズ

『onetakeナンバー』

詳細|coming soon

【収録作品】

配信朗読劇onetake「Number」、

舞台onetake「No.___」に基づき書き下ろされた物語

先行公開|第一章 被害者交流会


「ただいま」

 世界の闇を何一つ知らない少年の声が家に響いた。

 ドアを開ければそこには温かい空気が流れている。

 いつものことだった。

 しかし、いつもなら聞こえるはずの “ おかえり ” が少年の耳に届くことはなかった。

 りょうにぃの “ おかえり ” は、家に土足で踏み込む警察の声でかき消された。

 そして、“ 藤崎亮くん ” は無事保護された。


 凶悪な誘拐犯の家に警察が押し入り、被害者の青年が保護される様子は大きく報道され、『いいとよ町男児誘拐事件』の解決に社会は安堵した。


 あれから、もう17年が経とうとしている。


 29度目の春を迎えた藤崎亮は、駅のホームで耳を澄ませている。

 新学期への希望、新生活への不安、初仕事への緊張、色んな空気がホーム上で入り混じっているかのよう。入り混じるそれらは全て異なる感情なのだろうけど、根底には等しく、未来への期待が込められているように感じる。なぜなら、亮の目に映る彼らは、皆、自分の未来に無関心には見えなかったから。期待があるから希望を持ち、期待通りではなかったら? と不安になり、期待しているからこそ失敗が怖い。

 新しい一歩を踏み出す時の希望も不安も緊張も、亮には羨ましかった。

 そういう気持ちに関心を持てたら、自分に期待ができたら、もう少し上手くやれていたのだろうか。そんなことを思いながら、心臓を高鳴らせている人々と共に電車に乗った。向かった先は、公民館。そこで開かれる被害者交流会に用事があった。

 公民館の大きな会議室には円を描くように椅子が並べられていた。

 自分の内面を曝け出すようで怖くなり、参加を見送ろうかと振り返ると、そこにはにこやかな男がいた。

 どこに座りますか? と楽しそうに微笑む男を見て、亮の中で交流会に対する印象が変わった。もっと重々しく、暗い雰囲気の会だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。交流会を通して未来に光を灯すのが目的だと、主催者に説明されたのを思い出し、被害者という言葉から無自覚な思い込みをしていたのだと気付かされた。被害者・加害者、事件・事故…たった数文字で表現できてしまうその立場や事柄にはたくさんの真実が隠されているというのに。

 やはり、話さなければならない。“ あの ” 藤崎亮くんとして生きてきた自分の真実を話さなければ、話す努力をしなければ、きっと変わることができない。そう思った亮は、にこやかに話しかけてきた男の向かいの席に静かに腰掛けた。

 事件、事故、家庭内暴力…他にも様々な事柄において被害者という立場にいる者たちの交流を目的とした 被害者交流会。

 自ら事件について人に話すことなど今までなかったから、順番が近づくにつれてお腹の辺りが気持ち悪くなっていった。思い出すのは、あの日の自分を呼び止める叫び声。そして、何度も何度も報道された心無い言葉。事実と真実の違いを社会は知ろうとしなかった。彼らが求めるのは、答えだけ。たとえば、誘拐事件の犯人は決まって極悪非道である、とか。そういう決まりきった答えを求めた。

 『いいとよ町男児誘拐事件』においても、社会は答えを求め、世間は作り上げた。事実に基づいた真実からは程遠い “ 偽りの答え ” を作り上げ、信じ込んだ。

 その間違いを正すために『いいとよ町男児誘拐事件』の被害者・藤崎亮は被害者交流会の扉を叩いたのだった。あの頃のことを思えば、ここで話すことなど痛くも痒くもない。そんな気がして、亮は過去の扉を開いた。